今まで数十人のLGBT難民のインタビュー動画を撮りためてきましたが、字幕作業のスキルがないため、公開ができずにいました。字幕をつけずにお話の内容を纏めて、公開することにしました。1本目はルワンダ出身のドリーンさんです。インタビュアーは大椿ゆうこさんです。
私はドリーンです。1995年8月4日生まれでルワンダから来ました。私は難民です。家を出てウガンダに向かい数年住んでいました。ウガンダではLGBTは嫌われています。私の「ボーイフレンド」は私と同じ性別でした。だから人々に嫌われ、いじめられるようになりました。家に来て物を壊されたりもしました。それでウガンダから逃げてケニアのカクマ難民キャンプにたどり着きました。
だけど、そこでの暮らしも決して楽なものではありませんでした。すべてが苦しく充分な食べ物が得られませんでした。女性として必要な生理ナプキンももらえませんでした。そこで2ヶ月を耐えたのですが、もう居られないと思い、ナイロビにやってきました。バスで8時間かかりました。
誰も知り合いがおらず、最初は路上で寝泊まりしていました。お金も全くありませんでした。バスでシェルターのそばのイカ・タノで降ろされました。3日後に助けの手を差し伸べてくれる人を探し始めました。するとウガンダ人のためのレストランがあって、そこなら助けてくれると聞き、訪ねてみました。
応対してくれたジワさん(FHIの代表)はとてもいい人でした。「心配ない、私はあなたを助ける、ここに泊まればいい」と言ってくれました。そしてみんなに紹介してもらいました。大勢の人がいました。そしてそこで働き始めました。寝床と食べ物が得られるようになりました。こうやって私のナイロビでの暮らしが始まりました。2023年の11月のことです。
レストランではレジ係を担当していました。しかし、問題が起きました。人々が難民を嫌い、物を壊し奪っていきました。
将来は、女性を助けるための店が開きたいです。自分たちのような女性が、苦しめられています。全く未来が見えません。彼女たちを助けるために何かがしたいです。私は食べものや寝床がないことに慣れてしまいました。しかし、私は誰かに助けられて生きてきました。自分も誰かを助けたいです。